: オイオイしっかりしてよ。
: : そして「血税」は払っているが、関心がないという人間も存在するという事をお忘れなく。幼稚かもしれませんが、カラ出張等で経費を横領したり、無駄に人員のいる公務員の為に税金を使うなら、興味はないがそういったものに投資したほうがいいと考えてる人だっているはずです。
: カラ出張でも出費は「本来絶対にあってはならない、背信行為」、社会的インフラの
: 整備は、「たとえ必要でも、それにかかるコストと、住民への貢献度を慎重に秤にかけた上で為される物」です。全く比較にもならないでしょうが。
: そういう風な思いで作られたものなら、大した物ではないんでしょう。また、本当にそう思って貴重な税金を使う事を札幌市民が許したのなら、その民度を疑わざるをえないでしょうね。
俺は比較しますよ。それが正当行為だろうと不正行為であろうと税金からくるものには変わらないのですから。
それに、大した物であろうとなかろうと興味がなければそこに価値観は存在しないし、許すも許さないも知らないうちに物ができるなんてことはこの日本じゃ当たり前でしょうに。
札幌だけでなく日本全国レベルでね。
:
: : 俺の考える限り、おそらくakiさんのおっしゃる「無駄な事」、「必要のないこと」にakiさんのいうところの「血税」はこれからも使われる事でしょう。
: : なぜならば、それらを「無駄ではない事」、「必要な物」と考える人間も存在するからです。
: 上に同じで、そういう風にしか考えられないのであれば、その人達のモラル指数は「?」ですね。自分らの税金にコスト意識が持てないのであれば・・・。
:
: : この相対する意見に明暗を分ける元になるのは「シンプルさ」、「機動力」だと俺なりに考えます。
: : あたりまえですが、無駄な事と考える否定的意見より必要な事と考えるほうの肯定的意見のほうが先に出ますよね。
: : その分否定的意見が優勢的になるには肯定的意見より、全ての面で労力が必要とされます。
: : 生半可な事では否定的な意見が押し潰される事は消費税等の問題のときでおわかり頂けるとは思いますが・・・。
: : それとこれとは違う問題と捉えられるのは構いません。
: : ですが、考えてみてください。政治だって所詮は人間のやる事なんです。
: : それが無駄な事であろうとなかろうと要は行動力のあるひとの案ほど、実践されていく確立が高いという事を。
: : それに対して批判的な意見があってもそれが「かたち」としてたちふさがらない限りは、
: : 批判は批判でおわってしまうのです。
: : もしakiさんが自身の意見は分かる人にだけ分かればいいと考えているようであれば、いずれは枯れていくことでしょう。
: : 反対に本当にいろんな人に分かってもらいたいと思うのであれば大変な努力が必要でしょうね・・・。
:
: 全くその通りですね。でも、あなたが先に書かれたサイレントマジョリティってのは、なんにも考えていないわけではないんです。考えているけれども、表明しないだけ。
: 「子供の為に税金使ってコンサを救おう」と言ったとしましょう。そのスローガンに多くの人達は賛成してるんです。でも、「どうやって救うの?」って言われて、「いや、税金で・・・。」って答えたら、「自分でやれ」って言われるでしょう。「お前らのものなんだから」。サイレントマジョリティ(以下、「サイ・マジョ」)ってのは、静かではあるけど、彼らを納得させなければいけないものなんだよね。この人達を敵にしてしまったらどうしようもなくなってしまうから。コンサの公金導入も同じ。今はいいけど、今度は助けてくれない。
: 確かに仰る通り、行動を起こすってのはすごいこと。でも、もう少し深い考えがそこに存在してもいいんじゃない。何事においても。
: 別に俺の考えが、このまま枯れていくとは思えないけどね。行動した人たちが自分らの意志を通したとして、それを「サイマジョ」(なんかヘンだね)が許したとしても、それは民意と民度の尺度だからね。コンサの事に付いて言えば、上に書いた「コスト意識」がない人達、として見られるよね。そういう人達を他の人はどう見るんだろう。
結局は理想論でおわりそうですなぁ・・・・。
選挙での投票率が常に80%いかないこの国に政治的「モラル指数」は無しに等しいでしょう。
「コスト意識」だってない人達がいて当然。基本的には「Jリーグのサッカーがみたい」
だけの人のほうが多いはずだもの。
ここのレスに加わっている人達はコンサの試合を楽しみにしている人達の中のほんの砂の一粒にすぎませんて。ただ、この中の人や意見が磁石になって砂の中の砂鉄を集める可能性が充分にあるとは思いますがね。
このご時世、「今」を生きるだけで必死なひとばかりでakiさんほど社会にアンテナ立てている人はそんなにいないっすよ。
日本の政治に対する国民性なんかはわざわざいわなくても、それだけ行政に精通して言う人ならおわかりでしょう。
公金投入もひどい言い方をすれば「やったもん勝ち」といった感じはひていできないでしょう。(俺の中では長良川河口堰や宮崎の干潟干拓事業等々、)
なんといおうとそういう国にいるんですよ俺たち。
そんな現実にあなたが色眼鏡を掛けてみたとしても、そのめがねに対して「それいい」、「それ変」と言う人はほとんどおらず、そのめがねに対して全く興味がないか、存在自体に気がつかないひとばっかりということをお忘れなく。