コンサドーレ観戦記2 by 塩ラーメンさん

これは札幌の地に新たに誕生した、あるサッカーチームの監督の、戦略ノートの抜粋という形をとった、私なりの『コンサドーレ観戦記』であります。『観戦記』といっても特定の試合についてではなく、去年と今年、コンサドーレを観戦しながら思ったことや、これまで北海道のスポーツについて考えていたことなどを一緒くたにまとめてみたのでした。
もちろんこれはすべてフィクションであり、文中、一人称で書かれているフェルナンデス監督なる架空の人物は、言うまでもなくコンサドーレのウーゴ・フェルナンデス監督とはまったく別人物であります。また文中、現実の選手を連想させる表現がでてきますが、これも架空の物とお考えください。

(記事:塩らーめん)


フェルナンデスの戦略ノート 2

さて、それではこの優位性を現実の高勝率に結びつける実際の戦略とはどんなものだろうか。もちろんそれはチームに集まったプレーヤー個々の能力を無視して語れるわけもない。

ノートの2頁目と3頁目の間に数枚の方眼紙が挟まっている。ここには数人ずつ我がチームのすべてのプレーヤーが描かれている。描かれているといってもユニホーム姿の絵があるわけではない。あるのは運動能力を三つの座標軸に還元した関数のグラフである。
三つの座標軸とは縦、横、高さ、のことである。縦、横の線は(x=0,y=0,z=0)の点で直交し、プラス、そしてマイナス方向に伸びている。これはプレーヤーのピッチ上の移動距離を意味しており、縦の長さは前後の動きを、横の長さは左右の動きを示しているわけだ。高さの軸は(x=0,y=0,z=0)の点からプラスの方向にだけ伸びている。地面に潜ってまでプレイする選手が出現しないかぎり、マイナスの軸は必要ない。もちろん空中戦での能力の評価だ。

そこには各々のプレーヤーの試合前のデフォルト値が書き込まれることになる。それぞれの軸が長ければ長いほど、運動量が大きいわけだが、そうであっても仕事量が大きいということにはならない。具体的な例で言えば、幾度も攻めあがることができるWBならx軸は非常に長いものになるが、敵陣深くに到達した時点で息が上がってしまい、中央へ有効なボールを供給できないのであれば、そのプレーヤーの運動量は、まるで、とは言わないまでも、ほとんど、ナンセンスである。

そこでグラフに工夫を加えた。軸に仕事量を示す『質量=太さ』を与えたのだ。太ければ太いほどプレイが正確という意味を持つ。より太く、より長い三本の軸をもったプレーヤーこそ優秀、ともいえるが、それよりもポジションによって軸の『枝ぶり』が違ってくる、と見る方が正しい。プラス方向のx軸が短く、y軸とz軸が長ければおそらくそれはDFだ。逆にプラスに長いx軸を持つならFWだろう。x軸が両方向にひときわ長くそして太ければ彼は優秀なリベロにちがいない。長さはそれほどでもなくz軸にも特徴はないがxyが誰よりも太いプレーヤーは『10番』の背番号を背負っている可能性が高い。

ではここで、このグラフ化されたプレーヤーたちを用いて、ゲームをシミュレートしてみよう。それにはこのグラフに『時間』という要素を付加すればよい。
私の手元に『ダイヤル』がある。MINが0、MAX90のダイヤルだ。これを回すと試合時間が進行すると考えてほしい。


今、ダイヤルの目盛りは0、つまり試合開始0分だ。関数化されたプレーヤーたちは意気盛んで闘争心にあふれ、隆々とした『枝ぶり』を競いあっている。3軸の数値はまだ当然ディフォルト値のままである。ヘディングが弱いプレーヤーであってもジャンプできないプレーヤーはこの段階ではいないので、ピッチ上に立っているすべてのプレーヤーは3D(3次元)プレーヤーということになる。
ダイヤルを25まで進めてみよう。前半25分。ここまでくると様子が変化しているプレーヤーが二、三人出ている。とくにx軸の長さが短くなっているプレーヤーがいた。よほどモチュペーションの高い状態でゲームに臨んだらしく、開始直後からエンジン全開の運動量を見せたのだ。その反動が他のプレーヤーより早く起きているのだろう。
しかし総じてプレーヤーの運動量と仕事量は全体の組織的戦略を変質させるほどの減衰を示していない。ゲーム前のプラン通り、スキルに長けた10番プレーヤーと戦略眼をもったリベロとによってデザインされたプレイはスリリングで、十分相手を消耗させている。
よって今の段階では選手交替などによる戦術・戦略の変更を考える必要はないと結論すべきだろう。

ダイヤル44。前半終了直前だ。一目みて、全体的に『枝ぶり』が衰えていることがわかる。特徴的なのはz軸の短縮の度合いで、xy軸のそれよりも進行が速い。重力に逆らわなければならない運動だから当然といえば当然である。3Dプレーヤーから2Dプレーヤーへと変換を見せている。運動域が平面化しているのである。
他の軸も太さはそれほどでないにしろ、長さはかなり短くなった。それにともなって、おもに攻撃陣と守備陣の連携に統一を欠くところが見えはじめ、組織に破綻をきたす場面が出始めている。
しかしそれでもまだ敵との内容に差があるわけではない。だから無失点のままハーフタイムまでたどりつき、プレーヤーたちをリセットすることができる。

ダイヤル45。2ndハーフのホイッスルが鳴った。リセットされたプレーヤーたちはデフォルト値とまではいかないまでも、かなりの回復を見せている。平面化していたプレーヤーたちも3Dに再変換しているようだ。しかしそれは敵も同じ。ホイッスル直後から再び白熱した展開が繰り返される。

ダイヤル65。後半20分。このあたりから基礎的なフィジカルの優劣が顕著にあらわれてくる。こちらのプレーヤーのほとんどがなだらかな右肩下がりの減衰しか示していないのに、敵プレーヤーの多くは、まるでマラソンの30キロ地点すぎのランナーのように急激な運動量の鈍化に襲われている。2D化し、とくにDFsの落ち込みが激しい。
優秀なスキルと点化したプレーヤーの排除(交替)により辛うじて一線を保っているものの、彼らの破綻は目前に迫っている。

ダイヤル75。後半30分。選手交替により一旦は活性化したかに見えた敵の最終ラインだが、組織全体として悪い方向に流れているため、新しく入った3DDFも次第にそのうねりに巻き込まれ、機能しなくなってきている。

ここで我々は戦術を変更する。DFを一枚下げ、攻撃的MFを投入する。WBsをDFラインにおき、3-5-2から4-4-2へとシステムを変更し、より攻撃的にプレイするのだ。それまでパスの供給源としての役割を一手に背負ってきた10番プレーヤーへの集中したマークを緩和するための手段でもある。
このシステムの変更は戦術をシフトアップさせることはもちろん、そればかりでなく、メンタル面の高揚を煽る意味も含んでいる。苦況のときにこそ、総攻撃命令の進軍ラッパが力強く聴こえるものである。

ダイヤル83。後半38分。こちらには戦術を機能させるフィジカルが残されているのに対し、敵にはもはやそれがなかった。運動量の落ちたMFsは最終ラインに参加したまま戻れなくなった。FWsは最後のカウンター攻撃に余力を使いきる決意を固めたらしく、前線で点化してしまった。
数的に勝る中盤のスペースから波状攻撃が試みられる。単発のカウンター攻撃に危うい場面はあったもののゲームの90%は我々がコントロールしているといっていい。
だが、さすがにここまでくると、我々のプレーヤーたちの『枝ぶり』もみるみる衰えている。敵が点化しつつあるから圧倒できているものの、ほとんどが2D化してしまっていた。

ここへきて驚くべき事実が判明する。

ピッチ上に立つ、GKを除く20人の全プレーヤーのうち、ただ一人だけ、依然として3Dを保ったプレーヤーがいるのだ。そしてその枝ぶりはデフォルト値に限りなく近いのだ。
彼はFWで、デフォルト値で最も長く質量のあるz軸を保持していた。こんな3Dプレーヤーをいったいどうして点化しつつあるDFsが防御しきれるだろうか。しかも中盤は我々の支配下にあり、彼に対するロングフィードやスルーパスは無数といえるほど試みることが可能なのだ。空中には彼以外の頭はなく、彼の、とくにy軸上のドリブルとフェイントをからめた動きを封じるのはもはや不可能である。
敵の防御は崩壊し、彼の放ったシュートが最後の砦、唯一彼に対抗していた3DGKの堅陣を打ち破ってゴールネットを揺らすのは必至である。

そしてついにその時が訪れ、つづいてそれを待っていたかのようにゲームが終了する。


このシミュレーションから導きだされる特徴は何だろう?

  1. 敵チームを上回る基礎体力
  2. 10番とリベロの相補的連携
  3. システムの変更を容易にする左右のWBsの特性
  4. 突出したフィジカルとスキルを合わせ持つFWの存在

1についてはすでに語り尽くしている。ただ付け加えることがあるとするなら、40歳のGKや、37歳のリベロが良好なコンディションを維持管理し、これだけ先発メンバーとして働けるのは、やはり札幌の冷涼な気候が味方しているのだ。「日本人長身選手」としての典型的な弱点を持つと思われる185超センチのDFや、33歳で体格的にも恵まれていないキャプテンが活躍できるのも、その理由に無縁ではない。
いずれ札幌はそれらの種類のプレーヤーたちのリサイクル基地として定着していくかもしれない。

2は、おそらく司令塔役を担う10番プレーヤーの特質に関係してくる。彼はたとえばベッケンバウワーやプラティニといった、プレーヤーのうえに君臨し、ゲームを支配して展開をデザインしていく、といったタイプとは違う。非常に即興的で瞬間的な状況判断しか信用せず、現在ある状況を利用して得られる最大の利益は何かを追求するタイプなのだ。ベッケンバウワーらを怜悧な正規軍の司令官とするなら、こちらはゲリラ戦を陣頭指揮する叩きあげの勇将である。自ら前線に赴き、白兵戦に参戦することも辞さない。
ただ、そうであることは、時として即物的でありすぎる欠点を合わせもっている。状況に埋没してしまう危険性をはらんでいる。その欠点を補う、『副官』として、37歳のリベロが登場してくる。彼の経験に裏打ちされた戦略眼はディフェンスばかりに発揮されるのではなく、遠く前方にも向けられているのだ。後方から観察された現況の正確な認識により、戦略のほつれを繕い、戦術の空白を埋めるべく、長駆、前線へ出動する。10番プレーヤーのイメージに膨らみを与え、局面に統一と転換を補強することのできるプレーヤーなのだ。
この二人の相互補完的連携が我がチームの『脳髄』なのである。

3について語るなら、人材に恵まれた幸運に感謝すべきかもしれない。彼らのうち右に位置するプレーヤーはチーム一の俊足だし、左のプレーヤーはチーム一、ガッツがある。
それ以上に重要なのは、彼らがともにDFの出身者であるという事実である。それはシステムの変更を容易にした。彼らがMFやFWの出身者であったなら、その戦術は安定感を欠き、冒険に近くなっていただろう。彼らのおかげで、サブの構成がフレキシフルになった点も見逃せない。
彼らの存在は我がチームの基本的戦略を支える重要な素因のひとつとなった。

いよいよ、4だ。彼の目立つ特徴はz軸上の表現力の豊かさにあるだろう。何しろそれはとくに日本では希有であり、衝撃的である。しかし彼の真価はそれだけにとどまらずy軸においてのスキルの高さにも特筆に値するものがある。
それらのハイテクが、傑出したフィジカル(本州チームに在籍していれば高温はともかく多湿の環境のなかでは減殺を余儀なくされていたであろう)と、精神的な絆で結ばれていたティーンエージャーの頃からの僚友『10番』プレーヤーとの合流という、いわばインフラストラクチャーが整備されたことによって、一気に爆発的開花を遂げたのだった。
彼を阻むものがあるとすれば、彼の特性を生かしきれない戦略を発動する愚かな監督の存在だけだ。

むろん私はそうではない。

これらの科学的な分析の結果と、長年にわたるコーチとしての経験から、私が私のノートに『消耗戦』と記したのは必然であろう。
我がチームがライバルチームたちから多くの勝利を重ねるためには、ライバルチームを『消耗戦』に巻き込むのが最も合理的であり、科学的である。すべての努力はそれを実現させるために払わなければならないし、すべての知恵はそのために結集されなければならない。個々のチームに対する個別の戦略はあるとしても、大枠の基本はこれであり、変更の必要はない。
ハーフタイムまでの前半戦は、点をとる戦術/戦略よりもとられない戦術/戦略を採用すべきだし、敵プレーヤーの消耗をいかに促すかにプレーヤーの運動量と仕事量を集中すべきだ。
それが功を奏した後半戦こそ、爆発の環境が整うことになる。前半、アイドリング状態で『待機』していた無敵のy・z軸型FWが覚醒する。
私の戦略と彼のポリシーは合致している。彼は言うだろう。
「敵守備陣が3D状態の時はどんな有能なFWでも得点率は低く、得点率が低いときに全力を使おうとするのは、力の消費である。2D化し、点化して得点率が上がったときに行動を起こすのは、力の投資である」
各プレーヤーの基礎体力の総和が敵を上回る我がチームは、この『戦略的待機』に対して十分耐性をもっている。

それでも抵抗をやめない手強い相手なら、システムを変更して総攻撃開始だ。攻めて攻めて攻め倒せ。ここで、それまで自らの枝を極限まですり減らしながら、消耗戦に大きく寄与してきた地元出身の典型的なx軸型FWに替えて、決定率に難はあるもののポジショニングとゴールへの嗅覚にすぐれたx・y軸型FWを投入してみよう。或いはこの国で最も伝統あるプロチームからレンタル移籍してきた意外性/即興性のプレイのできる若手プレーヤーでも面白い。彼らの3軸はきっとこうした状況でこそ最大の質量を持つだろう。こうした交替プレーヤの活躍により、さすがの敵も精神的動揺と組織的混乱の極みに達し、とどめを刺されるのを待つばかりとなる。

美しい瞬間を多くの人々が目撃するだろう。

覚醒したy・z軸型FWの視覚が弧を描いて飛んでくるロングフィードのボールを捉えると、彼の体内のアデノシン3リン酸が高速分解を開始し、乳酸の蓄積を最小限に止めていた全筋肉が収縮をはじめる。矢をつがえた弓の弦のように、全身にバネがたまった。急速にブレーキがかかりカーブしながら彼を正確にピン・ポイントしてくるボールの入射角を計算しつつ彼は自分の放つシュートの軌道をイメージした。収縮した筋肉が解き放たれ、彼はだれよりも高く飛び上がり、落下してきたボールに衝突する。新たな角度とスピードを与えられたボールはゴールバーを叩きながらネットに突きささる。

これはシミュレーションではなく現実なのだ。

私の戦略ノートはまだ半分以上が空白のページである。今まで語ってきたことは今年一年分のそれにすぎない。いわば『JFL限定特別仕様』のソフトである。これをもってトップリーグでも戦えるというものではない。新たな分析と強化は避けられない。ページも今年の倍の量が必要になるだろう。だが、恐れることはなにもない。環境は整いつつある。冷静な目と熱い精神を忘れないなら、我々の一層の飛躍は約束されているのである。

(以上記事:塩ラーメンさん)

記事の共有: